SONOKOホワイトニングジェルの基礎知識

SONOKOホワイトニングジェルの生みの親・鈴木その子さんってどんな人?

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「美白の女王」としてかつて一世を風靡した鈴木その子さんとはどのような生涯を送ってきたのでしょうか、生い立ちから実業家として取り組んできたビジネスなどを調べてみました。

鈴木その子さんは昭和7年1月20日に東京都で生まれたコスメブランドの創業者で、美容研究家と料理研究家の双方の肩書を持つ実業家です。

鈴木その子

鈴木その子さんは学習院女子短期大学食品化学科に入学後に栄養学概論や生理学などを学ぶと共に、オリジナリティを追求した新しい栄養について学んでいましたが、卒業後は親の薦めで結婚し一男一女を授かりごく普通の主婦として毎日を過ごしていました。

それでも栄養や料理への情熱から昭和41年に料理研究会を作り、肥満と成人病にならないための料理の研究を始めます。

そして、他界した実母と実父の遺産を引き継いだ鈴木その子さんは、昭和49年7月に銀座に新日本料理「トキノ」を開店させます。

最愛の息子との悲しい別れ

やせたい人は食べなさい

店の評判も良く順風満帆な日々を過ごしていましたが、店の開店から2年後に、拒食症を患っていた鈴木その子さんの最愛の息子がベランダから転落死するという悲劇に見舞われてしまいます。

料理に携わる自分が料理で息子を救えなかったと思い悩んだ鈴木その子さんでしたが、この事件以降、鈴木式食事療法を完成させ、より健康と料理の関係の研究に没頭し新たな一歩を踏み出します。

昭和51年にトキノ食養会を設立し、拒食症やダイエットに悩む人のために健康食品の開発と販売を始めました。

更に、無理なダイエットを警鐘し、美しく痩せるなら食べることが大切であるとの独自の理論と調理方法を記した鈴木その子著「やせたい人は食べなさい」を出版しこれがベストセラーとなります。

しかしアンチというのはどの分野にもいるもの。

鈴木その子さんの新たな食の提案は専門家らからバッシングを受けることもありました。

当時はまだ食べたら吐けば痩せられる、といった危険で無謀なダイエット方法が受け入れられていた風潮の中、鈴木その子さんはそういった危険なダイエットを阻止するという使命を持ってその後も著書を出版しています。

美白のイメージから、鈴木その子さんといえば化粧品というイメ-ジが強いのですが、実際は美の根底を支える「食」にも大きな情熱を持って取り組んでいたのですね。

コスメとファッションへの展開

鈴木その子 美白

そして、鈴木その子さんは美しくなるために必要な化粧品に対しても警鐘を打ち鳴らし、危険性が無く肌に優しい理想の化粧品の開発にも参画した結果、平成2年にスキンケアライン「トキノコスメ」、平成11年に「荘シリーズ」の発売を開始します。

そのころからテレビ出演することが多くなった鈴木その子さんですが、真っ白に塗った顔に照明を集中的に当てる演出方法が話題となり「美白の女王」として一世を風靡し、バラエティを始めとした番組で活躍します。

中でも1998(平成10)年に放映されていた「未来ナース」という番組内で、当時「ガングロギャル」と呼ばれていた女の子達を鈴木その子さんが白く変身させるコーナーで高い知名度を誇るようになりす。

女の子らの肌の汚さに接したことで新たな使命を感じた鈴木その子さんはその後、肌の内側から美肌を作る美容理論の普及に努めました。

平成12年には食と化粧に続き、美に必要なファッション業界へも挑戦を始め、オリジナルブランドを設立してパリコレへ出品するなど、デザイナーとしても活躍しました。

しかし、平成11年に腸閉塞を発症して以来体調を崩し気味だった鈴木その子さんは、パリコレデビューの2ヶ月後に風邪による肺炎をこじらせて入院、その1週間後に68歳でこの世を去りました。

鈴木その子さんの生涯は、女性でありながらバイタリティーにあふれ、美と健康のために私財を投じ自らの信念のもと食で悩める人々に救いの手を差し伸べ尽くした68年間だったと言えるでしょう。

激動の生涯を過ごした鈴木その子さんの想いが詰まったスキンケアラインシリーズのオールインワン「SONOKOホワイトニングジェル」につついてはレビューページで詳しくご紹介しています。

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